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9話-2 婚約話。

last update Last Updated: 2025-04-14 20:00:00

* * *

「あの、ご主人さま、今から晩ご飯の支度を……」

夕暮れ時になる前に目覚めたフェリシアはベットの上で起き上がりながら、エルバートに話しかける。

ドレスは寝ている間にリリーシャに着替えさせたとエルバートから先程聞いたものの、

まさかご迷惑を掛けた身でこんな時間まで気を失っていただなんて

魔に髪で縛り上げられていたせいで腰はまだ少し痛むけれど、晩ご飯は作らなくては。

「支度の必要はない。晩ご飯ならここにある」

「リリーシャが作ったものだ。さあ、飲め」

エルバートはミルクと野菜のスープをスプーンですくい、口に運ぶ。

「あ、あの!?」

「なんだ? 冷ました方が良いか?」

エルバートは息を吹きかけようとする。

「そ、そのままで大丈夫です」

フェリシアが口を開けると、エルバートはスプーンを中に入れ、スープを飲ませる。

(雲の上のような人になんて恐れ多いことを!)

そう恐縮し、目のやり場に困り、スープの入った器を見ると、隣にブルーの花が添えられていた。

「あ、その花……」

(ご主人さまがお気に入りの……)

「私の寝室の花瓶に飾る花を摘みに中庭に出たそうだな」

「は、はい、申し訳ありません」

「もういい」

エルバートはそう言い、フェリシアの首に魔除けのネックレスを付ける。

「魔除けのネックレス、見つけて下さったのですか?」

「クォーツがな」

「そうですか、ありがとうございますとお伝え下さい」

「分かった、伝えておく。それからこれも」

エルバートはフェリシアに宝石が上品に輝くリボンのような形をしたシルバーの髪飾りを見せる。

その髪飾りには2本の三日月の形をした綺麗な垂れ飾りも付いている。

「髪飾り?」

「あぁ、魔除けの髪飾りだ」

「フェリシア、命懸けで家を守ってくれたこと、礼を言う」

エルバートはそう言ってフェリシアの頭に髪飾りを付ける。

嬉しくて、涙が零れ落ちた。

* * *

そして翌日の朝。

ルークス皇帝に呼び出されたエルバートは皇帝の間で跪く。

ルークス皇帝は髪を麻紐で一つにくくり、高貴な軍服を着たエルバートを見据えた。

「エルバートよ、昨日の朝、ブラン公爵邸を魔に襲われたそうだな」

「はい、緊急であった為、早退し、魔を浄化致しました」

お前の花嫁候補の女が魔に襲われたと我の側近にアベルから通達があったが、大事ないか?」

アベル、余計な事を。

今朝、カイと共に心配され、大事ないと伝えたが、まさか、ルークス皇帝にフェリシアのことまで話していたとは。

「お気遣い頂き、誠に恐縮にございます」

「彼女は魔に腰を縛られ、痛めましたが、家を守り抜き、幸い大事には至っておりません」

「ほう、家を守り抜いたとは。それは実に興味深いな」

「いずれにせよ、無事で何よりだ」

「気を引き締め、今後も執務に専念せよ」

「かしこまりました」

エルバートは跪いたまま、深々と頭を下げた。

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    * * *――――フェリシアをエルバートとの婚約の意を含めた“正式な花嫁候補”とする。医務室にいるフェリシアの心にルークス皇帝のお言葉が響く。まるで呼びかけられているよう。頭に包帯を巻いたまま、ベットから上半身を起き上がらせ、その身をディアムに支えられながらも、その声に触れるように、そっと自分の胸に両手を重ねる。するとなぜだか分からないけれど、自然と涙が溢れ出た。フェリシアはそのまま、ルークス皇帝のお言葉を聞き届けた。* * *客間でルークス皇帝のお言葉を聞き届けたエルバートは唖然と立ち尽くす。まさか、軍師長の座だけでなく、フェリシアをも守って頂けるとは。エルバートの父と母、そしてアマリリス嬢は絶句し、光がすぅっと消えると、ルークス皇帝の側近は手紙を懐に入れ、口を開く。「ルークス皇帝のお言葉は以上となります」「ならば、帰る」エルバートの父がそう言い、ソファーから立ち上がる。それを見た母とアマリリス嬢も続けて無言で立ち上がった。「では、私が宮殿の出入り口までお送り致します」ルークス皇帝の側近がそう言って扉を開け、エルバートの父と母はエルバートがこの場に存在していないかのような態度で客間から出ていき、アマリリス嬢もふたりに続いて出て行こうとする。しかし、立ち止まり、エルバートを見つめた。「エルバート様、お幸せに」アマリリス嬢は涙を浮かべながら笑顔を見せ、お辞儀をして客間から出て行く。これで、フェリシアはブラン公爵邸から出て行かずとも済むのだな。「ルークス皇帝、恩に切る」エルバートはそう感謝し、顔を右手で覆う。そのまま少し時が過ぎると、フェリシアがいる医務室へと向かった。* * *フェリシアはディアムに心配されながらも医務室のベットで起き上がったままでいた。すると医務室の扉が開かれる音が

  • 一通の手紙から始まる花嫁物語。   15話-3 触れさせない。

    「フェリシア様が記憶を喪失してしまわれるだなんて……」アマリリス嬢が動揺した声を上げると、エルバートの父は右手で顔を覆う。「ルークス皇帝までも上回る魔の出現だと?」「そしてルークス皇帝を危険に晒したとなれば軍師長の座を降ろされるのは間逃れないか」「旦那様……」エルバートの母が声をかけ、エルバートはアマリリス嬢を見る。「よって、フェリシアの記憶喪失、そして一時とはいえ、ルークス皇帝を危ない目に合わせてしまった私はまだ未熟である為、アマリリス嬢とのご婚約は破棄させて頂きたく思います」アマリリス嬢が両目を見開くと、エルバートの母が怒りの声を上げる。「ご婚約を破棄するですって!? エルバート、どれだけブラン家に泥を塗るおつもりなの!?」「そもそも、本日の魔の出現はフェリシアさんが原因ではなくて?」「ブラン伯爵邸の付近に魔が出現したのだって、フェリシアさんが訪れた日だったもの。間違いないわ」「だからこれ以上、フェリシアさんとエルバートが関わることを私は決して認めなくてよ」「それに、貴方のことを忘れたのなら丁度良いじゃない。あんな不吉なお人など責任を全て負わせ、今すぐお捨てなさい」「そして、エルバートには旦那様がお決めになられた通り、2日後、アマリリス嬢をブラン公爵邸に住まわせ」「アマリリス嬢と正式にご婚約して頂くわ」エルバートの母がそう啖呵(たんか)を切った。「どこまでフェリシアを愚弄すれば気が済む」エルバートはとてつもない冷ややかな殺気を放つ。まさに、その時だった。失礼致します、と皇帝の側近が扉を開け、中に入って来た。「ルークス皇帝により直々にお言葉を頂戴致しましたので伝達に参りました」「このお言葉は皇帝専用の医務室におられるフェリシア様、ディアム様にも伝わるようになっております」ルークス皇帝がお言葉を?

  • 一通の手紙から始まる花嫁物語。   15話-2 触れさせない。

    フェリシアの言葉を聞き、エルバートとルークス皇帝は両目を見開く。まだ混乱している、のか?「フェリシアよ、我のことは分かるか?」「ルークス皇帝……?」ルークス皇帝のことは分かるようだな。「フェリシア、私はエルバート・ブランだ」「エルバート・ブラン?」フェリシアはその名前を口にした瞬間、頭痛が起きて意識を失い、くたっとなった。「フェリシア!!」エルバートは叫ぶ。「エルバートよ、これより酷な事を言うが」「フェリシアの身体は大事ないようだが、どうやら頭を打ちつけたこと、そして魔の影響で一部の記憶を」「お前の記憶を喪失したようだ」エルバートの瞳が揺らぐ。まさか、そのような、嘘だろう?エルバートは切なげな顔でフェリシアを強く抱き締める。「フェリシア……」その後、皇帝の間に皇帝の側近、ディアム、兵達が駆け入り、ルークス皇帝が魔に襲われエルバートと共に浄化したことを伝え、念の為、ルークス皇帝も共に皇帝専用の医務室へ行くこととなった。そしてルークス皇帝とエルバートは大事なく、フェリシアは頭に包帯を巻き、ベットで安静となると、エルバートはルークス皇帝の前に跪く。「ルークス皇帝、責任を取り、私は軍師長を降ります」「エルバートよ、その必要はない。軍師長を辞める事は、許さん」「しかし……」「ただ、このままでは示しが付かないと我の側近が不祥事としてお前の両親に通達をした」「もうじき、宮殿に来るによって対面し、起こった事を全て伝えることとなる。良いな?」「承知致しました」* * *やがて、エルバートの父であるテオと母のステラ、そしてアマリリス嬢が馬車で宮殿に到着し、客間に案内され、待機の状態になったとのことで、エルバートはディアムにフェ

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